妙な隣人

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フリーランスライターという響きはなんとなくカッコイイ。そう思ったけれど実際のところかなり地味な仕事だ。

 

もちろんライターにだって色々だから、取材をしたり人と会う仕事だってごまんとあるのだろう。けれど私の日常は、ひっそりとした家でひたすら記事を書くこと。

 

私の住んでいるフラットは、日中とても静かだ。みんな仕事で出かけているのだろう。それでも時々隣の人の話し声が聞こえる。年をとった女性の声だ。

 

聞き耳をたてるわけではないけれど聞こえてくる。私はパソコンを叩く手を止めてじっと聞く。

 

たいていは荷物の受け取りだったり、訪ねてきていた友達を階下まで送っていく話し声だ。隣はきっと老夫婦が住んでいるのだろう。なんとなく、男性の気配を感じる。そういう気配というのは、普段外で働いている人には分からないのではないだろうか。なんとなく「感じる」という感覚。

 

私は機会さえあれば隣人に挨拶したいと思っていた。ここに引っ越してきて3ヶ月あまり。隣人の声は聞こえるものの、まだきちんと会っていないからだ。今のご時世わざわざ挨拶に行くのも変だし、と夫に言われた。「そのうち会うだろう」と思っていたら、3ヶ月も経ったのだ。

 

夫と出かける時も、階段で誰かに出くわすことはほとんどなかった。たまの休みに二人で家にいる時などに夫は「平日の昼間、このフラット静かだね。」と驚いていた。そう、ちょっと静かすぎるくらい静かなのだ。

それは私にとっては好都合だった。書物をするのにちょうど良いし、趣味の読書にもちょうど良い。

 

ある日夫は中古家具屋で家具を買ってきた。それを運んでいる時、ついに隣人に会ったのだという。

「彼女の名前はジェンだよ。何か必要だったら言ってね、だってさ。なんか彼女、妙だったな。」

 

夫は帰ってくるなり言う。

 

「何が妙なの?」

 

「だって、”何か必要だったら言って” なんて、変じゃない?」

 

「そう?昔は近所で醤油とか借りたりするの普通だったから、そういう意味で言ったんじゃない?何か必要だったら貸すわよっていう意味で。優しいじゃない。」

親切な老夫婦なのだ。日本でも老夫婦というのは基本的に隣人に愛想の良いものではないか。

 

「そうかなあ、なんていうか、そういう感じでもなかったんだけど」

 

夫はなんとなく腑に落ちない感じだった。

 

それからしばらくして、私と夫が出かけた先から戻ってくると階段を降りてくる音がした。女性だ。

 

「あらこんにちは。」

 

隣のジェンだ、と私は思った。夫が顔見知りのような感じで挨拶したからだ。

 

思ったより若い。というか、思っていた感じと違う。

 

私は上品なおばあさんを想像していたのだが、50代くらいのおばさんだった。しかも、あまり上品とは言えない服を着て、(うまく言えないけれど、若い子が着るような服でセンスが悪い)髪はボブでパサついていた。メイクも濃い。とくにアイメイクが、昨日初めてお化粧したティーンネイジャーみたいだ。

 

 

「はじめまして。カナです。」

 

「あらあらどうも。私たちずっと会わなかったわね。いつから住んでいたの?」

 

ジェンは次々と質問をしながら、どんどん喋り始めた。私と夫が何か答えようとするとまた喋り出した。

 

「ところであなたたちいつまで滞在するの?」

 

いつまで滞在?ここは別荘でもホテルでもないのに。

 

「来年の夏までは引っ越したくても引っ越せないですよ。そういう契約だから」

 

夫が言った。そう、フラット(アパート)なのだからだいたいは1年契約だ。

 

「そうなのね。あそこの部屋に入った人はどんどん引っ越していってしまうのよ。だからなかなか仲良くなれないの。ここの人のことは知っている?ジェシーよ。ジェシーと私はここを所有しているの。だからずっと住んでいるんだけど」

 

イギリスでは、フラットを所有しているか、借りているかというのは部屋ごとである。

 

「そう、来年までいるのね。とにかく、何か必要だったらすぐに言って。」

 

彼女はそう言った。夫がジェンに届いた荷物見て、「運びましょうか?」と言ったが、ジェンは大丈夫だと言った。そして、フラットのロビーにあるボイラーのドアを開けようとしていた。なぜ開ける必要があるのかは分からない。

 

何かが妙だった。しかも、この部屋に入った人は長居せずに次々と引っ越していったという。来年の夏までの契約が残っている私たちとしては、あまり良い気はしない。

 

「なんか、彼女ちょっと妙だったね。」

 

私は家に入ってから夫に言った。

 

「だろ?だから言ったんだよ。彼女また”何か必要だったら言って”って言っただろ」

 

そう言ったことよりも、なんとなく全体的な雰囲気として妙なものを感じた。確かに、「いったい何を必要とする機会があるのだろう」と思ってしまう何かが彼女にはあった。

 

「彼女オバケかもしれないな」

 

そう言った夫に私は「まさか」とは返さなかった。

 

「かもしれないわね。」

 

 

次々と住人が引っ越している部屋。いったい何があるのだろう。

イギリスには、たくさんのオバケが住んでいると言われている。

 

 

 

 

 

 

Author: kanashuto

イギリス在住のフリーランスライターです。イギリスに関するコラム、健康、美容記事、その他どんなライティングでも、ご要望に合わせて執筆しています。 趣味は小説を書くこと、読書です。イギリス生活での何気ないことを書いて、楽しんでもらえたら幸いです。

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